Blog黒田院長のブログ
2025.01.30
- 058 瞳はダイアモンド
今日聴いていた音楽
‘Don’t cry for me Argentina’
Olivia Newton John 他大変遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。本年も当院をよろしくどうぞ。年末年始は例によって本を読み、音楽を聴き映画を見て酒を飲む穏やかな時間を過ごさせて頂いた。診療を1週間ほど休んで済みませんが、まあ魂の充電ってことで勘弁して下さいまし。おかげさまで年末からちびちび読んでいたユヴァル・ノア・ハラリ著の大冊「サピエンス全史」を、まだ上巻だけだが読了出来た。評判になるだけあってこりゃ目から鱗のとんでもない本だな。
それにしても今年はいきなり1月も4日から稀有な体験をしたものだ。横浜の某所で行われた「ダイアモンド・ツイーターの会」というミーティング。オーディオを趣味とする諸兄には自明の話であるが、ツイーターというのはスピーカーの高い音を出す部分である。更にその上、もはや人間の可聴域を超えるスーパーツイーターなんて製品も存在する。色々な構造は有るのだが非常に薄い膜を早く振動させることで高い澄んだ音を出すのが一般的だろう。膜の素材は軽ければ軽いほど硬ければ硬いほど良いらしく、やれベリリウムが良いだのいやいやセラミックだのと百家争鳴なのだが、世の中には凄い発想を実現してしまう人がいるもので、この薄膜をダイアモンドで作っちまおうと考え、実行に移してしまったわけだ。どうやって工業用ダイアモンドを膜状に加工するのか、果たして本当にそこから良い音が出るのだろうかとか疑問は尽きないが多分とてつもない努力を経てこの製品が世に送り出されていて、優れた物理特性が反映された澄んだ高音はやはりこれでしか聞けない唯一無二の世界観なのだ。
会を主催されているM氏は「一体この方は誰かに対して怒ることが有るのだろうか」と他人事ながら心配になるくらいの紳士であるが、ことオーディオに関しては紛れも無い鬼神の如きマニアである。これすなわち会合に集まった十数人の猛者たちもそれぞれの分野の鬼であって、その中に混じった普通人の私はまさしく借りてきた猫であった。いやだってもうね、「12人の怒れる男」さながら飛び交う白熱したマニアックな会話について行くのが精一杯なんだもの。お互いが持ち寄ったレコードを数曲ずつ掛けて論評する形で会は進み、私は八代亜紀のリラックスした歌唱が楽しめる好盤「夜のつづき」から「フィーヴァー」と、八木隆幸トリオのダイレクトカット盤「CONGO BLUE」から表題曲をかけて頂いた。ダイレクトカット盤というのは録音編集など一切行わずライブ演奏をそのままレコード原盤に刻む方法で、片面分の演奏で少しでもミスったら高価な原盤がパーになって最初から録り直しなもんだから勿論腕に覚えの手練ミュージシャンじゃないとトライ出来ない。その反面で録音のプロセスを経由しない鮮烈な音と、一つのミスも許されない緊張感みなぎるプレイが楽しめるって寸法だ。「CONGO BLUE」は音も演奏も文句無し、CDも出ているが贅沢言ってるのは承知の助で、もし再生環境さえ有るならレコードがお勧めである。M氏邸の元来凄まじく完成度の高い再生システムに加わったダイアモンドツイーターはまるでパズルのラストピースかのようにピタリと馴染み、盤石の安定感で聴き手を別世界へ連れて行ってくれたが、最後にM氏がかけて下さったイーグルスのライブ盤「ヘル・フリーゼズ・オーバー」からの「ホテル・カリフォルニア」は、自分が死ぬ時はこの演奏を聴きながら死にたいと思わせてくれた絶品だった。長い前奏から我々世代なら知らぬ者とて無い超有名なあのイントロが始まる時のカッコ良さたるや。
とんでもなく優れた芸術作品に接した時、受け止めている衝撃が甚大なあまりに人間は笑うことも感動して泣くことも超えて無反応になってしまう。唖然茫然という表現が正しいのだろうか、放心してしまい回復までにしばらくの時間を要する、そんな忘我の体験は幸せだが、知ってしまった不幸もないまぜになる危険を伴っている。ダイアモンドツイーターの奏でる音楽を聴いてしまった私は今、知る喜びと出会ってしまった悲しみに満ちている。