Blog黒田院長のブログ

2024.01.11

051 科学信仰

今日聴いていた音楽

オペラ「ヘンゼルとグレーテル」E.グロヴェローヴァ 他

ここ数ヶ月というもの、福島第一原発からの処理水を巡る一連の騒動に接し、私は一介の医師としてこの問題の本質は何処にあるのだろうかとずっと考えている。身体が酒と酒の肴から出来上がっている矛盾に満ちた身ではあるが、そんな私なりの結論は「科学への信奉」でありまた「科学的思考の大切さ」に尽きるのではないかと。
ここで言う科学的思考とは、様々なネット上からの引用に私なりの解釈を加えたものになるが、

1.現時点で起きている事象に対して「最も合理的な説明」をいかなる個人的な宗教政治的信条、利害好悪の感情抜きに採用できる姿勢

2.「導き出された科学的根拠が今後間違えているかもしれない可能性」を常に考慮して異論反論を受け入れる謙虚さと、より確かな真実を追究する精神

分かりやすい一例を挙げれば、1.に関してはあらゆる宗教的、政治的迫害にも屈せず天動説を唱えたコペルニクスなんて、当時の社会を想像すればとても凄い人であり事件だと思う。2.についてはこれまた数限りなく例示出来ようがさあどうだろうか、下部直腸癌の手術方法を編み出したWilliam Ernest Miles博士の話が相応しいかもしれない。肛門近くに発生した直腸癌に対して肛門を含めて切除し、排便は腹部の壁に縫い付けた人工肛門から行うこのマイルズ手術は、当初術後早期の死亡率が80%に達したと聞く。100年以上前に現代程の麻酔技術、機器の進歩や感染制御技術は無かった以上仕方ないが、安全な麻酔薬、抗生剤の開発、手術器具や術式の弛まぬ改良を経て非常に安全かつ有益な治療法となっている。

福島の魚介類に対して、私から見れば科学的根拠に乏しいと感じる風評被害を振りまく方々へ、3年前にコロナのパンデミックが起きた時をどうか思い起こして欲しい。ここ日本でも死者が急増する危険性をヒステリックに叫んで、このままでは2週間後に東京は死体があちこちに転がるニューヨークみたいな惨状になるだの医療崩壊は免れないだのと、センセーショナルな言説を掲げて散々人々の不安を煽った識者。敢えて同業者である私なりに悪意と皮肉を込めて言えば「自称」感染症専門家、マスコミやワイドショーのコメンテーター等、あの人達は今何を語っているのか。己の言説が人々の不安を煽っていたと公に認められ謝罪でもされたのだろうか。その程度の扇動は犯罪でも無ければ良かれと思って言ったことだと強弁するなら、私個人としてはその方の今後の言説に信用が置けない。自らが拠って立つ判断基準の根っこには、繰り返す様だが科学的思考がある。
最も直近の全世界的なパンデミック危機、あの暗い時期でも人々を導く光となったのは紛れもなく科学だった。通常では有り得ない早さでのワクチン開発。確かにワクチン接種の副作用で亡くなった方々も少なくないし、あの頃の危機を鑑みれば性急にならざるを得なかった医学の犠牲になったその方々に私は哀悼の意を表するものだが、だからと言ってそのワクチン接種後、全世界的に重症者、ひいては死者が減ったのも科学的事実であろう。
トリチウムの海洋放出が普段から我々がお世話になっている海産物に、そして最終的に我々の身体にどんな影響を与えるのか、自分の専門分野じゃ無いし分からないからこそエキスパートに聞いて合理的判断をする、それこそ医療の分野におけるEBM、エビデンス・ベースド・メディスン(根拠に基づいた医療)であろうと思う。
いやいや、それでも私は現代科学に騙されている、信用できないと感じられる御仁には、カール・セーガン著「科学と悪霊を語る」なんて本でも読んで一息つくのをお勧めしたい。この本、とても為になるし面白いよ。