Blog黒田院長のブログ
2023.04.06
- 045 好きな映画 その3
今日聴いていた音楽
「戦場のメリークリスマス」坂本龍一
他数日前に坂本龍一さんの訃報が届いた。我々前後の世代を代表する音楽家のご冥福を祈りたい。
YMOが「テクノポリス」や「ライディーン」を引っ提げて世に出た時、こんなに新しい音楽が有るのかとそれまでに無いほど高揚したのを覚えている。初めて彼等がアメリカでライブを行ってFMで生放送した時は新しい時代、新しい音楽の旅立ちだと滅茶苦茶感動したな。馬鹿みたいに高いメタルカセットテープを買って「エアチェック(もはや歴史教科書的死語だ)」したものだ。一度聴いたら忘れられない彼の曲をあれこれ聴きながら、そしてあの傑作「戦場のメリークリスマス」に映画の話をするよう触発されながら、私は今夜もまた誰が読むとも分からぬ駄文を書きなぐっている。
ってな言い訳しつつね、先日の映画談義の続き。好きな映画たちの続編である。キング・コングKing Kong(日本公開2005年)
2011年にアカデミー賞を賑わせたマーティン・スコセッシ監督の「ヒューゴの不思議な発明」にも描かれていますが、映画黎明期の観客がそれこそ走る馬や列車の動画で驚嘆した頃からセンス・オブ・ワンダーの感覚は欠かせない映画のピースになっていて、我が国でも円谷英二や本多猪四郎なんて特撮の神様が居て今に至るわけです。時代は変わってCGを使えばどんな映像でも簡単に作り出せる時代となりました。最新のスーパーマンとかバットマンとかスパイダーマンとかなんてそりゃもう凄いことをやっていて、私のような老眼には情報量が多すぎて何が何だか分からないくらいになっています。しかし、そうなると尚更「何を描きたいのか」が大事になってくるわけで、ドラマ部分に手抜きが有るとただVFXが凄いだけの印象に残らない映画が出来上がります。そういう観点からこの作品を選びました。
前作ロード・オブ・ザ・リング三部作でアカデミー賞を総嘗めしたピーター・ジャクソン監督が、物語の重要な狂言回し役を担ったCGキャラクター、怪物ゴラムを完璧に演じたアンディ・サーキスという裏方俳優さんを、あれだけの仕事をしたのに顔も出ないのは気の毒だと次作の重要な役柄で起用しているのには男気が感じられます。この作品でも主役コングのモーションキャプチャーはアンディが演じていて、この役者さんはリメイク版「猿の惑星」でも猿のリーダーを演じているのですが、恐らく猿の役を演じさせたら先代の江戸家猫八師匠に匹敵する名優です。怪物が都市を襲うパニック超大作の風を装いつつ実にストレートな恋愛映画でも有るこの映画のラストでは、悲愴な戦いに向かうコングの表情があまりにも豊かなので「なんで俺はCGで描かれたデカイ猿の演技観て泣いているんだ?」という新鮮な驚きが味わえます。あ、勿論主演女優のナオミ・ワッツも綺麗でしたっけ。凍ったセントラル・パークの池でコングと彼女が戯れる美しい場面は印象的でした。スタア誕生A Star is born(日本公開1954年)
最近の若い人はミュージカルなんて殆ど知らないので、最近公開された「レ・ミゼラブル」を観てセリフまで歌い調子なのが違和感有りまくるようです。
「あんな、いきなり役者が歌って踊り出す妙な芝居の何処が良いのだ」と言われれば真にその通りなのでありますが何を隠そう、いや隠さなくても良いが、私は1940年代から50年代くらいまでの米国ミュージカル映画を溺愛、偏愛しております。特に燦然と輝くのがMGMスタジオの一連の作品で、全て観るのは大変ですし殆どは他愛も無い恋愛映画だったりするので「ザッツ・エンターテインメント」なんてダイジェスト版がお勧めだったりします。もうね、かたや日本が贅沢は敵だ、なんて窮乏生活送っている戦時中ですら呆れるほど贅沢な映画を作っていた、こんな国と戦争したら正直負けるのは当たり前だと思い知らされます。戦争指導した我が国の軍人は一度で良いから「風と共に去りぬ」でも観ていたらあんな過ちを犯さなかったんじゃないかってくらい。当時、数多居るスター達は、或る人は売らんがため積極的に、また或る人は嫌々ながら歌って躍らされました。あのハリウッドのタイクーン、クラーク・ゲイブルですら歌い踊るシーンが有るほどです。その中で幼少時から天才と言われ、MGMの看板娘だったジュディ・ガーランドはその酒とドラッグに溺れた破滅的な実生活も相まって特に強い印象を残す大スターの一人です。13歳でデビューし、1939年の「オズの魔法使い」で17歳にして世界的な人気者になりましたが、その当時から既に寝ずに働いてなおかつダイエットする為に覚せい剤を使わされていたというのは衝撃的なハリウッドの闇としか言いようが有りません。お偉いさん達のエグさ加減は今も変わらず大概ですが、ネットも炎上も無い時代ですから奴ら好き放題です。人気の頂点をひた走る陰で彼女は酒とドラッグ、荒淫に浸って行き、1949年の「アニーよ銃を取れ」で精神的に破綻し途中降板。彼女がアニーの衣装で歌うシーンは2シークエンス残されています。I’m an Indian, tooのジュディは可愛かったなぁ。その後コンサートなどに活動の軸足を移し、リハビリの甲斐有ってスクリーンに復帰したのがこの映画です。彼女の歌と踊りは素晴らしい往年の輝きを取り戻していますが、当時の観客は劇中で「スタア」の道を駆け上がって行くヒロインと彼女の実生活を重ねて観ていたのでしょう。この映画で高く演技力を評価された彼女はその年のアカデミー主演女優賞にノミネートされますが「喝采」のグレース・ケリーにその座を譲ります。主演男優賞は皮肉と言いますか、彼女の成功の陰でアルコールに溺れて行く夫を演じたジェームズ・メイソンでした。オスカーを逃したショックからか彼女の生活は再び荒れ始め、その後も何度か復活と沈滞を繰り返しながら1969年、47歳の生涯を閉じました。実娘ライザ・ミネリは「母はハリウッドに殺された」と言い、ロスアンゼルスでの埋葬を拒みました。莫大な収入を全て使い果たして借金にまみれ、まるで老人のような亡骸だったと言います。映画の内容には殆ど触れてないな。
ああ、そうそう、レディガガとブラッドリー・クーパーの「アリー スター誕生」はこの映画の4回目だったかな、のリメイクでした。地獄に堕ちた勇者どもThe Damned(日本公開1970年)
最後に1本、何が良いかなぁと考えていて「やはりイタリア映画も必要だろう」となりました。ニュー・シネマ・パラダイスもライフ・イズ・ビューティフルも捨て難いが、ここはヴィスコンティだろうと。これしか無いだろうと。ルキノ・ヴィスコンティ作品でどれを選ぶかとなればこれまた難しい選択になりますが、観た当時あまりに衝撃的だったこの映画を挙げました。ワイマール共和制下のドイツがナチスに飲み込まれ第二次世界大戦への道をひた走る時代、プロイセン貴族の名門である鉄鋼王の一族が政治の大きな流れに巻き込まれて崩壊していく様を描いた大作です。ヴィスコンティ監督自身が没落貴族出身であり、そこここに美意識の香る豪華絢爛な舞台装置の上で繰り広げられる権力闘争の泥沼は、外見が華麗で有るだけに頽廃へ向かうグロテスクさが際立って観るものに強烈な印象を与えます。主演はダーク・ボガードとイングリッド・チューリンと言って良いですが、圧巻なのはこれが実質的なデビュー作だったヘルムート・バーガーという男優でした。重厚な史劇を観るがごとく、面白い映画でも無ければ観てスカッとする映画でも無く、みぞおちに限りなく重いものを残す、でも紛れも無く傑作である。そんな作品でした。
ここまで書いて来てアッと気付いた。私は「戦場のメリークリスマス」も「用心棒」も「東京物語」も、要するに我が国が誇る数多の傑作映画に触れていないじゃないか。ここはやはりあらためて邦画を論じる項を立てねばなるまい、というお粗末至極。