Blog黒田院長のブログ
2025.08.23
- 064 直美ってのを初めて知った
今日聴いていた音楽
Lauren Allred ‘Never Enough‘ 他「直美」。ちょくびと読むらしい。こんな言葉が有ると知ったのは割と最近の話だ。医学部を卒業し医師国家試験に受かって、臨床研修で経験を積まないで直ぐに美容整形外科へと勤務する医師のことを指すらしい。おいおい、臨床医としての経験を全く積まずにいきなり美容外科行って外科手術やるのかい、それ患者さんが知ったら絶対嫌だしアナタ自身も怖くね? っていう当然のツッコミはさておき、まあそういう選択が無理も無いのかなあと思えるのは待遇の圧倒的差異である。聞くところによれば医師免許取り立てで何も出来ないヒヨッコが直美ルートを選べばいきなり年収2000万円超えなんだそうである。新臨床研修制度が導入されて我々が研修医だった30年以上前からは随分と待遇が改善されたとは言え、今時の研修医だって年収はどう賢く立ち回っても400万はなかなか超えないだろう。都心の綺麗な美容外科で働けてそれなりにステイタスも有り、先生と呼ばれて自尊心も満たせる。仕事が終われば高収入の若者のみに可能なキラキラのナイトライフが満喫出来て、2年も頑張って働きゃフェラーリだって買えるかも知れない。対して直美以外の臨床研修医に待っているのは時に指導医から罵倒され、ベテラン看護師からは「センセ」とおちょくられ(可愛がられ、とも言う)、年季明け迄どころか下手すりゃ年季が明けてもボロ切れになるまで働く丁稚奉公である。へへ。ちょっと個人的な恨みが入ってるな。
個人的ついでに以前どこやらで書いたが私が研修医だった35年ほど前、大学病院から支給される当直料は確か4000円だった。早朝からカンファレンスだの手術の介助だの日中働いた上でそのまま夜間当直帯に突入し、一晩救急患者の対応などで眠れずに朝を迎え、んでまた昼間も働いて次の夜が来る。給料を時給換算したら当時マクドナルドのバイト以下、そんな生活は当たり前だったが、何故出来たかと言えば何のことは無い、若かったし現代のようにネットもSNSも無くて情報は遮断されていたし、何より仕事を覚えてスキルが上がって「ハルはレベルが5に上がった。盲腸の手術を覚えた」ってなるのが楽しかった。かてて加えて周りの同僚も皆そうだったからである。或る診療科に研修医が5人居れば当直は必然的に月6回当たる。冗談じゃねぇ俺ゃそんな安い時給で寝ずに働くのは嫌だと言うのは簡単だが、自分が当直をやらないと言ったが最後、仲間の研修医が1回ずつ当直を増やさなきゃならない。勿論私一人のそんな屁理屈が通るわけも無いし、何より同僚に申し訳ないから皆やっていた。幾らでもネットで進路をシミュレート出来る昨今、医学部を出て医者になるくらいの知能を持った若者がそんな理不尽労働を選ぶ義務は無いわけで、直美の高待遇に釣られて医師としての本分を蔑ろにするとはケシカラン、などと綺麗事を言ったところで始まらない。もっとも、華やかキラキラ高収入には多大な副作用が有って、頭も身体もフレッシュな若いうちに順序立って技能を叩き込まれる一番大事な時期を逃してしまう点は大きい。ビデオ研修だけでは習得出来ない実地技能ってのは確かに有るのだ。もう一つは学術的視座の育成を欠く危険性である。臨床と研究は医療者にとって両輪と言って良いもので、我々が得た知識と経験を実践する場が臨床であるならば研究は科学的精神の涵養である。珍しい症例の一例を報告する症例報告に始まり、学会発表を経てだんだんと価値の有る論文執筆などへ至る。一日中クタクタになるまで働いた後に勉強せにゃならんから最初はマジで辛いので、若いうちに遊びを覚えてしまってからではなかなか難しい。
「少年老いやすく学なりがたし」高収入にあぐらをかいて若いうちにしか出来ない辛い修行を怠れば、ハッと気付いた頃には引き出しの少ない、二重瞼の施術しか出来ない美容外科医が出来上がるのじゃないか。自分の技量の限界を自覚して二重瞼しか手を出さないならまだマシだが、肺や腸に穴を開けて復旧させた経験も無しに豊胸手術や腹の脂肪吸引なんぞやられた日にゃあ、やられる側にとって災厄以外の何ものでも無い。勿論世の中そんな直美の医師ばかりの筈は無いからちゃんと修業を積んで名を上げる人は居るだろうが、辛い一般研修で先輩から無理やり叩き込まれる方が遠回りに見えても実は近道で却って楽なんじゃないか、自らの体験を踏まえてそう思う。