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経営理念
・はじめに ・神戸のおにぎり ・小さな医療 ・インフォーム・コンセント ・生活習慣病 ・death education 癌告知 ・免疫療法、その他の代替治療 ・救急医療 ・そして、「病気を診ずして病人を診よ」 ・終わりに
癌告知
「死」だとか「癌」だとか、クリニックのご挨拶としては実に変ですね。
今、日本ではほぼ半数以上の人が何らかの癌で亡くなっています。いか本人、ご家族にとって望ましい形で「死」を受け入れるかという過程の中で「癌の告知」という問題について少し触れます。昔はご本人には殆ど言わなかった。今は余程の高齢者で無い限り、殆どの場合、癌はご本人に告知します。それが進歩なのかどうなのか、本当のところは分からないですが、実際自分が癌になった時には全て本当のことを聞きたいかどうか、アンケートを取ると現代では70%以上の人が「告知して欲しい」と答えます。それは、半信半疑から脱却したいからであり、未解決な心の問題を解決したいからであり、自分の将来のことについて話し合い、法的、経済的なことについて将来計画を立てたいからであり、心を開いたコミュニケーションを維持したいからであり、だまされていたくないからであり、死への準備をしたいからであり、本当にその人その人で様々です。しかし、その様々であると言うことはとりもなおさず、個人個人の都合に合った医療と言えるのかも知れないのです。
ある時、私の外来に来た時点で大腸ガンの末期状態だった50代の男性がいらっしゃいました。既に肝臓へ多くの転移を来しており1年とはもたない状態でした。私はその人に余命半年と告げました。半年しか生きられないという状態にも関わらず手術が必要な状況で、会社勤めのサラリーマンだったその人は会社を退職し、退職金をご家族に渡し、身の回りの整理をつけた後に手術を受けていったんは退院しました。その後の外来で、ある時「実は30年以上絶縁状態の母親が栃木の方に居るのだけれど、探して会ってみたい」と言われました。それは良いことだから是非そうした方が良いと言い、数週間して栃木のある老人ホームにお母さんが居る事が分かったと連絡がありました。お母さんは骨折していて手術が必要だったので、その人は自分が病気なのにも関わらずお母さんを入院させて手術させ、治るまで看病してあげたそうです。そんなこんなでしばらく私の外来にも見えなかったのですが、久々にやつれた顔でやって来た時、お母さんの骨折が良くなったら温泉に連れていってあげて良いでしょうかと聞かれました。是非連れていってあげて下さいと答え、彼はお母さんと温泉に行き、その2ヶ月後くらいに亡くなりました。
カート・ヴォネガットみたいな物言いですが、「これは要するにこういう事です」。
こんな事を書くとまるで私が「告知絶対賛成派」のように受け止められるかも知れませんが、画一的に誰でも彼でも癌告知というのは賛成出来ません。告知しない場合の問題点というのは確かにあります。ご本人には知らせない、ほんの10年前には日本の医療では当たり前の事でした。例えば、患者・家族・医療チームという三者の関係において、本来であれば患者さん本人とご家族が寄り添うべきはずが、ご家族は患者より医療チームに近い立場になって、ともすると医師にとっても家族の納得の方が重要で、本人はご自分の治療なのに置き去りにされてしまう。我々に良く起きるのは、ハッと気が付くと患者さん本人と話をするより、ご家族と御本人の病状について話をしている時間が多くなってしまうのです。そうなると患者さんは孤立し、不安を分かち合う人がいない、医師も家族も信じられないという事態になる。もう一つ重要な問題は、治療法の選択が限られると言う事が起きます。癌という事をご本人が知らない以上、医療チームが癌とあからさまに分かる治療は避けなければならなくなるし、何とかしなければという善意の独断に陥る事も多いのです。例えば癌をやっつけなければと抗癌剤を許容量の2倍も3倍も使ってしまう、癌は消えたけど患者さんは副作用で死んじゃった、なんて事がまかり通る。癌が治ったんだけどねぇ、って、それじゃ何にもならないでしょう? その結果、患者さんは治療法の正確な説明が受けられないし、副作用が起きても自分に何が起こっているのかを理解できないし、治療に選択肢があることさえ知らされない。特に、「無治療」という選択ができない。病名について何も知らされず、病院で入院したままで抗癌剤の副作用に苦しんだ揚げ句の死。さっき、医療は変わってきたと言いましたが、まだまだそういう医療が存在しているのも現実なのです。とまあ、告知しない場合の不具合を偉そうにつらつら書き連ねてきましたが、それでもなおかつ常に自省しておかなければいけないのは、その方に告知したほうが良いのか、しないほうが良いのか、我々ですら未だに分からないという事なのです。私は、恐らく永遠に解決されないであろう「ご本人に告知すべきなのか、すべきでないのか」という命題を、患者さんやご家族と一緒に考える立場でありたいと願います。
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